弾丸帰省影山侍

面白かった本や自らの課題についての徒然日記です

職業としての政治(ウェーバー)

歴史や文化の比較考察により、人々を動かす理念を解明しようとしたのがウェーバーである。

彼は人間と社会を動かす理念や世界像に着目して、近代合理主義の解明を試みた。そして「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で、どうしてインドや中国のほうが物質的に豊かであったにも関わらず、西欧世界でのみ資本主義が発達したのかについて、資本主義の「精神」に着目して宗教的な探究を行った。

カルヴァン派の予定説によると、我々が救済されるか否かは全能の神が決定済みであるとして、信徒が為すべきことは信仰と労働に励むのみであるとした。労働を信仰の証として、神への信仰を証するために、自分の職業を天職と心得て寸暇を惜しんで労働に勤しむことが大切だとした。

 

 

プロテスタントに対して内面的に信仰が強くなるにつれて、人々は合理的な生産方法を追求するようになり、利潤は必然的に増加したが、禁欲であるがゆえに浪費ではなく貯蓄に回して、資本の投資が進み、産業の拡大をもたらした。

 

 

しかし、世俗化が進み、信仰が希薄化するにつれて、救済の証とは無関係に、資本を追求する資本主義が成立した。そして、利潤追求を自己目的化した個人を「精神のない専門人」と揶揄した。

 

 

一方、西洋合理主義そのものがいったいいかなるものかについて、他の文化や宗教との比較を通じて探究した。彼は支配の体系は伝統的支配、カリスマ的支配、合法的支配の三つに分類されるとした。そして、近代化の進展とともに伝統的支配から合法的支配へと移行しつつあると述べた。その合法的支配に適した組織体制は形式的合理性を追求する官僚制であるとした。

 

 

しかしながら、官僚制においては、規則に従って階層分化した組織においてザッハリッヒに業務を遂行することが求められ、官僚制が全面化するにつれて「精神のない専門人」を社会に生み出すのではないかと疑問が呈された。

 

この疑問に対して、彼はカリスマ的な支配の必要性を説いた。官僚制のみでは現実世界における価値対立を収束させることはできない。したがって、諸価値の対立を引き受けたうえで政治的決定を下せる類稀なる資質を持ったカリスマが必要であるとした。

 

 

しかし、形式的合理性を持つ官僚制を打破して、価値対立を顕在化させることで、カリスマとして台頭したのがヒトラー率いるナチス政権であったのではないかという批判もある。