ポパー(開かれた社会とその敵)

開かれた社会と閉じた社会に区別して、20世紀の全体主義は絶対的な真理の名のもとによる支配であり、閉じた社会の極限形態であると主張した。

 

彼は閉じた社会としてプラトンの哲人王による統治を批判したほか、ナチスの人種イデオロギーや、ソ連共産主義は真理を独占する国家が、国民を指導、管理、抑圧を一方的に行うのみであり、批判や懐疑を一切許さない「閉じた社会」として批判した。

 

一方で「開かれた社会」としては、アテネの民主政、近代市民社会を挙げた。

 

そして、真理の探究は終わりなき過程であり、多様な批判に開かれているべきだとした。

 

教条的で絶対的な真理の存在を認めず、常に議論し、批判しあうことで「真理」を探究すべきだとしたのだ。

 

アメリカでは先月トランプ氏が大統領に就任した。現在就任して約一週間であるが、彼は大統領令を濫発し、アメリカ国内のみならず、世界各国を震撼させている。

彼はアメリカ第一主義を掲げて当選した。

まだ就任してわずかなので推測に過ぎないが、アメリカがそして世界がどこに向かうのか政治の動向には目が離せない。

例えばトランプ大統領は先日、中東七か国からの市民の入国を拒否する内容の大統領令を発布した。これによって多くの人々がアメリカへの入国を拒否されるなど、非常に混乱した。アメリカ大統領の権限は非常に強く、今後もこうした類の大統領令の発布を続けるなら、そのたびごとに混乱を招くことになるだろう。また、この入国制限に関する大統領令に反発した司法長官代行を解任し、多くの反発も招いている。

連邦議会の共和党議員の多くがトランプ大統領を擁護し、彼の政策の方向性を支持するようになり、立法化が進み、連邦裁判所が違憲審査を下さないなら、アメリカは国際社会において大きくポジションを変えるに違いない。

トクヴィルは「アメリカンデモクラシー」において貴族中心階級社会もいずれアメリカ型社会へ移行すると考え「境遇の平等」を説いた。さらに、均質化した個人が画一化された世論を形成し、少数意見を排除した「多数者の暴政」を生む可能性を示唆した。そしてこの状態が中央集権体制と結びつくことで民主主義は危険に晒されるかもしれないと述べた。

また、「自由なままでありたいという感情」と「指導されたいという感情」の両方を持ち合わせた結果、「穏和な専制」が現れることを予期した。国民を管理し、幸せを提供する国家に身を委ねることは、自由を危険に晒すことになるので、貴族的であることを強く主張した。貴族的とはここで、血統に関わらず、独立して主体的に考え行動することで、自由を享受することを指す。

 

最悪の場合、民主主義は崩壊し、自由主義的で価値多元的なアメリカ社会は崩壊するのかもしれない。

民主主義国家における構成員である国民一人一人が自己投資により、幅広く政治や経済を始め世界に目を向け、柔軟に創造的思考を続けることがこれから求められるに違いない。